余興ですけど。 BLOG ver.

2010年12月19日

パターン

自分の生活のなかにずっと存在し続けているものが突然目の当たりに出来なくなると、妙な違和感を覚えることがある。自分の生活にパターンとして組み込まれていたものがなくなっても、体はそのパターンを覚えつづけているからかもしれない。生活を共にした期間が長ければ長いほど、その感覚がはっきり感じ取れる。

自分が高校生だった頃、いとこがキジ柄の猫を拾った。いとこの家はマンションで、ペットが飼えない。必然のように我が家がひきとることになった。家族は名前をつけたけど、自分はずっと「ちび猫」と呼んでいた。はたから見てもうチビじゃなくなっても、ちび猫。家族がつけた「ミーコ」という名前が自分にはどうも可愛らしすぎて、呼びづらかった。それでもいつからか自分もミーコと呼ぶようになった。

ミーコは人見知りを一切せず、我が家に客人を招いても構わず愛想を振りまく。猫は歳をとると次第に無頓着になり、人見知りをしなくなったりするのだが、ミーコの場合は人見知りをする期間というものがなかった。人に構ってもらうのが好きらしい。自分はイスにあぐらをかいて座るのがクセなのだが、あぐらにすっぽりと収まり寝る。
食べ物に対する執着心が強く、人間のご飯時になると、おこぼれをあずかろうと必ずそばで待機する。魚が大好きで、何度かっさらわれたこと数知れず。ほんの短い期間野良猫だった、その頃の記憶でもあるのだろうか。食事中にミーコに隙を見せてはいけない。

今日から魚をかっさらわれることはなくなった。
自分はいまも見えない相手に警戒心をいだいている。
自分の中にミーコは生き続けている。

posted by Tomokou at 02:19| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お気持ち、お察しします。
私も長年、連れ添ったワンちゃんがあちらにいってしまった経験がありますです。
お気を落とさずに…。
Posted by アラン改め at 2010年12月20日 15:18
すみません、相当長い間返信してませんでした(汗)
可愛がっていた動物がいなくなると本当にきついですね。
やっと今の生活に慣れてきたところだったんですが、つい先日野良がまた一匹逝ってしまいました。
いつかはそういう日が来るとは思っていても、ダメですねw
Posted by Tomokou at 2011年03月01日 17:00
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